第4回 宇田川敬介さん

今回、登場する作家は宇田川敬介さんです。
もともとジャーナリスト活動をされ、その後、守備範囲を広げて、現在は歴史時代小説を書かれている。
2019年3月には明智光秀秘話などをテーマに全編書き下ろしで出版します。


宇田川敬介(うたがわけいすけ)
1969年、東京生まれ、中央大卒
作家、ジャーナリスト。日本ペンクラブ会員。
主な図書
「我、台湾島民に告ぐ」「庄内藩幕末秘話」1・2
「日本文化の歳時記」「パナマ文書公開とタックス・ヘイブンの陰謀」「震災後の不思議な話」他。


宇田川さんの履歴によると、大変守備範囲広いし、もともとジャーナリストからの出発なのですか。

はい、ジャーナリストからの出発です。もともとは国会新聞社という新聞社の編集次長をしていました。毎日政治家の動きや政治の話を取材し、新聞として書いていました。その後、その政治家にも「一人の人間」としての歴史があるので、過去の坂信って書いたり、あるいは出来事に集中して書いたりというような書き方ができるようになり、小説の方に代わるようになるのです。
私としては、ジャーナリストは現在の自分以外の人の身に起こったことを客観的に読者にわかるように書いていることでしかなく、歴史小説は、時間が昔の自分以外の人の身に起こったことを現代の人にわかりやすく書ているということで、私自身としては「今の人が自分で体験していないことを、伝わるように書いている」ということでしかありませんから、あまり違うことをしているという認識はありません。

このジャーナリストの世界に飛び込むきっかけとなった出来事とか、出会いはあったのですか。

国会新聞社に入る前はマイカルの法務部というところで法律の仕事をしておりましたが、マイカルという会社が倒産してしまいましたので、他にやることもなく、また同じような仕事をする気もなかったのでジャーナリストになりました。法務部のような管理セクションは、様々な会社の特徴もありますし、また、それまでのやり方などもあります。何よりも、どの会社もコストセンターですから、そんなに人数は必要ありません。ですから心機一転全く関係のない仕事をしたという感じです。特に出来事といえば、マイカルが倒産するときに多くのマスコミの方の取材に対応していたので、そのような方々とのやり取りが様々な意味で参考になったり、または新聞社に勤めてから役に立ったりしました。

ご自分が考える「これが宇田川敬介の仕事」といえば

やはり今の仕事の中では「歴史小説」を書いていることが自分の仕事であると思っています。2020年の大河ドラマの関係で、京都府亀岡市の皆さんと親しくなることができ、その関係で明智光秀について、特にあまり皆さんが小説にしたことのない、明智光秀が丹波を統一し、多大な犠牲を払って収めたのちに、信長に国替えを命じられて本能寺の変になってしまう。そんな微妙な心理状態を書いてゆくことがよいのではないかと思います。
実際に、歴史小説というのは、「歴史の教科書」ではないので「現代の人が読んで、自分たちの身に置き換えて、これからを生きる指針」にすべきものであると思います。明智光秀はその意味で、「大企業における内部告発者」のような感じではないでしょうか。自分の思いとは異なって比叡山の焼き討ちを行い、同じような方法で丹波を統一し、自分も穢れていくことを悩みながらなんとか成し遂げる。しかし、大企業はそんな個人の気持ちを無視して、次のことを命ずる。その大企業の論理と、個人の論理の違いがうまく表現できていれば面白いと思います。

その後、歴史時代小説とか、中国ものと、多彩な文筆活動を展開します。

中国のことも、歴史時代小説も、結局は「現代を日本で生きる私たちのために何をメッセージとして伝えるか」ということではないでしょうか。
中国では、「中国の現在の国家の内部」を見ていますが、しかし、これは、絶対的な権力者とそれに対する派閥争いのような感じです。ある意味で女子社員が強力なお局様にどのように対抗するかというのと似ています。もちろん、政治的な規模や、他に与える影響は全く違いますが、読者はそのような感じで見てくれてもいいと思うのです。「習近平ってお局の○○さんの行動に似てる」なんて感じで、深刻に読む必要はない。そのような感覚で「自分に置き換えてみてみる」ということが「一次元メディア」の醍醐味ではないでしょうか。それを、なるべく現代のわれわれとは異なる、遠い世界のことを書くことによって感じられるようにするということをしています。

お仕事の比重は、執筆業とジャーナリスト活動となりますが、このふたつ決定的に違うところがあります。
それは、デスクワークとして執筆と、取材活動を通じての執筆、つまり、そとで取材しなければ、書ける材料はそろわない。基本は執筆に似たようなものですか。
いま宇田川さんの比重はどちらに向いているでしょうか。

もちろん取材が最も重要です。歴史時代小説も、嘘を書くわけにはいきません。ですからかなり様々な取材をしているんです。先に例を出した明智光秀についてですが、彼らの時代のキリスト教、当時は伴天連と呼んでいましたが、その伴天連の根拠地である「教会」当時の「南蛮寺」はどのような形をしていたのでしょうか。大浦天主堂のような形だったのか、あるいは、日本の神社や寺院のような形だったのか。丹波の内藤如安の八木城は、本丸に南蛮寺を模した櫓があったと伝わっていますが、では、その形のやぐらを責めるにはどうしたらよいのか。思い込みで書くことはできますが、なるべく真実に合わせて書くことによって、現代の読者が頭の中で像を結びやすくするのです。そのためには歴史小説でも取材が重要になるのです。ただ、取材する場所が学者に話を聞きに行くとか図書館で調べるというように少し違うだけなのではないでしょうか。

作家活動は、執筆中心。そこでの代表的作品を数冊あげるとすれば。
で、それらは、どういう内容かを1点ずつご紹介ください。

今の代表作とすれば「庄内藩幕末秘話」ではないでしょうか。あと、評判が良いのは「日本文化の歳時記」が各方面で非常に評判が良い本です。

(「庄内藩幕末秘話」)

「庄内藩幕末秘話」は、幕末の話ですね。私が山形県にほかの取材で言った時に、鶴岡の居酒屋で、ちょうどカウンターだけの居酒屋でテレビで大河ドラマ「八重の桜」をしていたんです。そうしたら、隣に座るおじいさんが「悔しいと思わないか、なんで会津ばかりが取り上げられるんだ。会津が降伏した後も薩長と戦っていたのはこの庄内藩なんだぞ。それなのに誰も省内を書かないなんて、歴史を知らんやつばかりだ」というようなことを言ったんです。まあ、酒の酔いと方言が強かったので、ニュアンスとしてしか理解していませんが。そこで「じゃあ、だれも書かない庄内藩の幕末を書いてみよう」と。
「日本文化の歳時記」は、日本語学校の先生方が、外国人に日本語を教えるときに、日本人同士でも全く問題にならないような内容質問してくる。語源とか、なんでこうなっているのかとか。それが日本人でもわからないようなことばかり。そこで、「日本のうんちくを語れるように」書いた本です。ある意味で外国人に日本人が日本を教える場合のネタ本という感じでしょうか。ちょうど、ジャーナリストの宇田川と歴史小説家の宇田川の両生類的な本になっています。

この延長でいえば、書いてみたい人物とか、テーマとか、いろいろ物書きとして欲求みたいなものが生まれます。
いまの執筆的欲求にはどんなものがあるでしょうか。

実際に、私自身女性になったことがないので、女性的な発想というのが説明は受けてもどうしても感覚として理解できないんです。一方、こういうことを現代のセクハラ真っ盛りの世の中で入ってはいけないのかもしれませんが、やはり、「かっこいい男」「男らしい男」「男が惚れる男」を書いていきたいと思うんです。
そのなかでは、現代の人はなかなか題材にならない。「何かを守るために命を懸ける」というような男を、その心境になるまでの心の動きを中心に書いてみたいですね。今、「命を懸ける」って簡単に言葉では言いますが、そのシチュエーションはあまりないような気がします。そこで「震災」とか「歴史」とかにどうしても行ってしまうのですが、実際は、海外で活躍している日本人とか、野球やサッカーに命を懸けるような感じでもよいのかもしれません。会社人間としては「マイカルの倒産」という、自分が体験した内容も面白いと思っています。

海外を題材にしたものも手がけていらっしゃる。
取材方法や執筆はどのようにされているのでしょうか。

海外の取材は、友達が多いのでその皆さんにお願いしています。もちろん、最終的には自分が行って話をしたり、肌で感じないものは書くことができないのですが、しかし、一回ですべてできなかったり、何回も現地に行けなかったり、言語の都合でうまくコミュニケーションが取れないというような場合は、やはり友人に頼む以外にはないのではないかと思います。

作家としての宇田川さんは、〆切厳守の方と見えますが、自己分析すれば、どういうタイプになるのでしょうか。

神経質で気が弱いタイプと思います。文章も細かい部分が気になってしまい、全体の流れが見えなくなる時がありますから(笑)
結局神経質だから、締め切りとか気になって夜眠れなくなるんです。

これはたとえば、誰かの影響とかはあるのですか。

特にそういうことは影響はないですね。生まれついての性格であると思います。逆にその辺の性格が、海外の友人が多いということではないでしょうか。
海外の友人とは、政治的に対立的になったり、文化や宗教で対立したりすることもあります。しかし、必ず、「お互いの約束は守る」「友人は尊重する」「相手に習慣や宗教を強要しない」ということを確認します。そのために、私の周辺では外国人との間でも全く問題は生じません。もちろん、約束を忘れることもありますが、そのような場合は指摘されれ最優先でやるというように、その時は相手は「忘れていた相手を尊重する」というようにしているので、特に問題にならないのです。

よく若い時に愛読した図書や作家はいつまでも忘れず、自分の原点だといいます。
宇田川さんにとっての思い入れのある作家や書籍等、ございますか。それによって、自分はどんな影響を受けたことの実感みたいなものは。

歴史小説という意味ではやはり司馬遼太郎先生は外せません。小さい頃に、TBSで時代劇のドラマで「関ケ原」をに時間枠で2日連続でやっていたんです。徳川家康が森繁久彌、本多正信が三国連太郎、石田三成が加藤剛、島左近が三船敏郎というような配役。そのドラマが今でもドラマの中では最高であると思っています。そしてその原作の司馬遼太郎先生の本を読んだのが、いまだに私の歴史小説の印象であり、いつかは越えたい目標であると思います。
もう一つはコナン・ドイルのシャーロックホームズシリーズです。ジャーナリストの本は、シャーロックホームズのように、論理的で、相手が無意識に思っている状態の中で何を読み取るかということであると思います。シャーロックホームズ的なものの考え方は、ストーリーを作る伏線を仕掛けるときなどに、自分では影響を受けていると思っています。ただ、詳細は秘密です。



宇田川さんの発信情報には、政治的なもの、世間一般的なもの、また対人関係、国と国の問題などいろいろあります。
諸外国との関わりについて考え方を聞かせてください。

問題が多いのではなく、「日本人と違う」ということではないでしょうか。ただしアジア圏の国などは「外見が似ている」のに「中身が違いすぎる」から違和感が非常に大きく感じますし、欧米人の場合は「外見が違うから、小泉八雲のように日本が好きな人は親近感がわく」というような外見とのギャップが大きいと思います。

最後に、作家としての信念というか、守るべきアイデンティティは、どこに置かれていますか。

人間の心理の動きということを中心に書きたいと思います。平安時代も、戦国時代も、現代の中国人もみな人間ですし、何か感情があります、その感情を動かす「心」と「魂」を中心に書いてゆくことが最も重要ではないでしょうか。
そして、なるべくありのままを書くということではないかと思います。もちろん歴史小説という意味では、何が真実かわからないということがありますが、しかし、そのわからない中で矛盾のない「人間らしさ」を感じるところに真実があると思います。その心理とか、魂に正直に生きること、それが現代の世の中でできないことが多く、そこが現代人の悩みではないかと思います。そこで、そのように生きてきた人の生きざまを描いてゆくことが、もっとも重要ではないかと思うのです。

長時間、ありがとうございました。敬介さんは、仕事柄、東京のみならず、いわば東奔西走されて、取材活動や講演活動もされ、大変お忙しい方と聞いております。 今後、ますますのご活躍を期待もうしあげます。

(進行・聞き手:宇田川森和)